支部のヤマト政略結婚シリーズから、いらっしゃいませ〜!(°∀°*)
今回の間奏話のデスラー編、いかがだったでしょうか?
古代への愛の中に篭もり続けるデスラーを動かすのもまた、古代への想いに他ならないと思うこの頃です。
次回からはついに本編第四部に入っていきますが、その前に小話詰め合わせの番外編などを仕上げていきたいと思っております。
さて、実は暗黒時代から続いていた本編と小話のセットも今回で最後となります。
次回からは本編オンリーですね。小話のほうは機会があれば、また作っていくスタイルに戻りますので、またその時折々のお話を楽しんでいただければ嬉しいです。
では今回のお話は雨の日のデートですよ!
古代とデスラーといっしょに雨の帝都を散策してきてくださいv
時系列はシリーズ終了後です。
では追記から行ってらっしゃいませ!
Rainy Date
空から降り注ぐ雫の歌が都を包み込んだ。
小さな水球たちが織り上げる優しい歌声は、発展を遂げた都に立ち込める灰色に澱んだ空気を洗い流し、高層建築物のホコリっぽい外壁に潤いをもたらして、この帝都に蓄積した汚れを清めていった。
水滴の受け皿となった街路では色とりどりのパラソルが花開き、それぞれの目的に沿って移動していく。そのオシャレな花々には、青と水色のものもあった。仲睦まじく連れ添って街を歩いていく。
「あめあめふれふれ、かあさんが〜〜♪」
古代はほのぼのとした小声で地球の童歌を口ずさみながら、防水コーティングされたシューズで水溜まりを跨(また)いだ。ぴちぴち、ちゃぷちゃぷ、らんらんら〜〜ん♪隣のデスラーは雨音に重なって聞こえてくる古代の歌声に耳を澄ませながら、のんびりと穏やかな歩調を取っている。
この日は、雨の都へ二人は散歩に出掛けていた。時間が作れそうな日を見付けては天上の総統府から下界の街中へ舞い降りている二人は、雨期に入った帝都の散策を楽しんでいた。雨の日に出歩くのはいつぶりだろうか。最近は仕事のために、室内で過ごす時間のほうが多い古代にとって、雨もまた愛おしい自然の恵みだった。また、デスラーとしては雨の日の外出は珍しいばかりでなく、自分で傘を差して歩くのは初めての経験だという。いつも侍従に差してもらっていたからね。そう当たり前のように答えた貴族界の頂点は、初めて携えた自分の青いパラソルを時折手遊びにクルクル回転させたりして、雨期だけに味わえる新鮮な体験を堪能していた。
古代はそんな隣を見て、少し安心した。面倒臭いこと嫌いな彼が雨の日の外出を内心は億劫に感じていないかと気にしていたからだ。
「どこに行く時でも、デスラーが率先して乗ってくれるから嬉しいよ。ありがとう」
この機会に古代が小さくお礼を言うと、彼はこちらを見下ろして茶目っ気に笑った。
「君が誘ってくれなければ、私は外に行く気にはなれないからね。君のおかげで引き籠もりにならずに助かっているよ」
デスラーの冗談に古代は朗らかに笑った。
雨降る都はいつもとは違うしっとりした風情があり、見慣れつつあった街並みがまた新しい景色に見えてくる。
行き交う人々は今年流行りの色やデザインのレインコートやレインブーツなどのファッションに身を包み、この雨期を楽しむ小粋さで街を颯爽と彩っていた。女子学生たちが学校帰りの楽しみで、雨期限定スウィーツを食べに寄り道していたり、会社員がスーツを汚さないように大きな水溜まりを避けてジグザグに歩いていたり、子供たちがパラソルを武器に友達とちゃんばらをしながら、道を駆け抜けていったり。その光景の中に入り込みながら、女の子たちがキャアキャア話し込んで店内へ消えていったのを見たり、会社員に道を開けたり、横をすり抜けていく子供たちのパラソルが当たりそうになって危ないと思ったりしつつ、古代は自然と微笑んでいた。
「どうした?」
古代の微笑みにつれられて同じ笑みを浮かべたデスラーが、その理由を共有して欲しそうにしていた。古代は昔の記憶を思い起こしながら答えた。
「なんかさ、地球と全然変わらないなって思って。日本の梅雨もこんな感じなんだ」
「ツユ?」
「うん。俺の故郷にもガミラスみたいな短い雨期があって、人もここと同じように過ごしてる」
「ほう」
デスラーは周囲の光景を、ここが古代の故郷の一部という新たな視点から見渡してみる。古代の思い出の中に入れたようで、デスラーは不思議な喜びを感じた。
各店舗のショーウィンドーには雨粒が張られ、そこに投影されたホログラフの燐光をまとってキラキラと光っていた。ファッション店のホログラフでは等身大の有名モデルが様々なコーデに装いをチェンジしていきながら、パラソルを片手に気取ったポーズを見せたりしている。
「見て、古代」
不意にデスラーが声をかけてきた。他の店舗に目を向けていた古代は男に向き直って驚く。
男性モデルを観察していたデスラーは、遊び心でパラソルを同じ向きに傾けてモデルと同じポーズを取ってきたのだ。得意げな顔でウインクされる。自分の持つ魅力を最大限に知り得ている微笑だった。
「ぐぬぬ……」
古代は頬を桃色にしながら唸った。
街頭でモデルと同じポーズなんて、勘違い甚だしいナルシストと笑われてもおかしくないのに、デスラーがやると全然笑えない。ルックスもファッションセンスも、おまえのほうが断然勝ってる……。
「どう?古代」
「…………(ボソボソ)」
「おや、何て?」
「……………」
「もう一度」
「……………かっこ……いい」
デスラーが嬉しそうに笑った。古代は仕方なさそうに頬の赤みを濃くしたところ、女性たちの注目を集め始めたのに気がついて、慌ててデスラーの袖を掴んで、人込みへと紛れ込んだ。周りの目をもっと気にしてくれ〜!
花屋では雨期を代表する可憐な花が、星屑を集めたような花弁をたくさんほころばせながら、小ぶりや鉢に入れられて、店頭に並べられていた。人気の品種ほど最前列に据えられて、優しい彩りを見せてくれる。それらを品定めしていた客たちが、選んだ鉢を店内のレジに持ち込んで一つまた一つと袋に携えて街中へ戻っていく。
「もらって帰ろうか?」
古代がじっと店頭で懐かしそうにその花を見ていると、横からデスラーがそっと声をかけてくれた。パッと古代が笑った。
「いいの?」
「もちろん」
「やった」
古代は花に負けないほど可愛く微笑みを零した。
「この花、紫陽花に似てる。枝先にたくさんの花をつけるところとか葉の形が」
「なるほど、ではまた古代の思い出の一つを発見したわけだね。素晴らしい」
どれにしようかな?
多彩な品種に古代が目を輝かせながら目移りしていると、デスラーは選ばなくていいよと意味深に皓歯(こうし)を煌めかせた。
「そこの君、ここの花たちを全部もら――」
「だと思ったよ!」
店のスタッフに声をかけて、財力にものを言わせて鉢をすべて買い占めようとしたデスラーの口を、古代は慣れた手つきでガバッ!と塞いだ。
結局、古代はデスラーに全部はいらないということ、一つだけでいいことをしっかり言い含めてから、二人で気に入った品種を楽しく選び始めた。定番の青や赤の花を咲かせた品種も良かったが、白が気品があって綺麗だという意見で一致して、愛らしい白花をつけた小さな鉢を連れて帰ることになった。傘を差しながら二人で二つの袋の取っ手を分け合った。そしたら、二人に挟まれた花がまるで小さな我が子のように思えてきて、胸を暖かくしながら雨音を聞いて歩いた。
散策の休憩に古代とデスラーは街角のカフェを訪れた。
昼間の雨宿りに相応しいオシャレなジャズが流れる落ち着いた空間。煎れたてのコーヒーから立ち上る豆の香りが、ホッとした癒しを鼻腔から体内へ広げてくれた。道側に面したガラス張りに雨が幾粒も伝い落ちていく。美味しいコーヒーを味わいながら、雨垂れに包まれた街を行く人々を古代は飽きずにのんびりと見守っていた。その対面に座り込んだデスラーは片手にコーヒーを持ちながら、器用に片手で端末を操って、総統府から届いたばかりの文章に気難しい顔で目を通していた。
「原稿?」
古代がおもむろに尋ねると、デスラーがちょっと微笑んで端末を寄越してくれた。冷めないうちに男が口許へカップを運ぶ。
端末につづられていたのは、やはりスピーチの原稿だった。宣伝情報相が作成した威厳溢れる総統閣下のお言葉が大仰な文体で続いている。スクロールしてもどんどん続く。
「よくこんなの覚えられるな。俺、絶対無理だ」
山盛りの宿題を出された子供のように、古代がうえっと顔を顰めて端末を相手に帰す。デスラーはフフッと含み笑いをした。
「私とて、いつも暗唱できているわけではないよ。スケジュールが押している時は、覚える時間も取れない日もあるのだから」
意外な発言に古代は目を瞠る。優秀すぎる彼なら簡単に丸暗記できちゃうだろうと踏んでいたのにそうでもないのか。
古代が雰囲気で言葉の先を促していると、デスラーは悪戯小僧の笑いを浮かべてコーヒーを口に含んだ。
「私が時間が取れない時はね。こっそりセレステラが耳裏に装着できる通信機を用意してくれるのだよ。耳許で原稿を丸読みしてくれるから、大して覚えずともそれなりに偉ぶっていれば、臣民は総統万歳と喜んでくれる」
偉大なる総統閣下のカンペ事情を明かされた古代はコーヒーを噴き出しかけた。せ、せこい!そんな安っぽい言葉が出掛けて口を塞ぐ。しかし、古代の胸中さえお見通しのデスラーは「仕方ないさ」と首を竦めた。
「私とて人間なのだから、原稿ばかりに時間をかけていられない。スピーチよりも大切な人との時間が一番大事だからね」
愛情ここに極まれり。
デスラーは端末をさっさと仕舞うと、古代にニッコリと甘いスマイルを贈ってきた。いつも仕事より妻との時間を優先してくれる彼に、古代は嬉しいやら申し訳ないやらで、いつも通り胃の下がムズムズして少し俯きがちに頬の熱を逃がそうとする。
こら、手を握ってくるな。伸ばされた手に恥ずかしくて古代の手が逃げる。すると、さらに身を乗り出してきた手にパッと捕まってしまった。引き寄せられて、指を絡められる。今さら恥ずかしがることもないだろう、デートなのだから。そんな笑いが男の面立ちに浮かんだ。
「恥ずかしいものはいつだって……恥ずかしいんだ」
古代が羞恥のあまりにぼやいた言葉にデスラーは噴き出した。
「君はいつまでも初々しいね。なんと可愛い」
「おい、人を赤ん坊のように言うのやめろよ。そういうのイラッとする」
「フフッ、毎晩ちゃんと大人扱いしているのだから許しておくれ」
「だから、昼間にそんなこと言うなっていつも――!」
毎度お決まりのパターンで、古代をからかったデスラーは、白い顔がますます赤くなっていくのをたっぷり楽しんだ。
古代はやっぱり可愛いな。今日の彼もとても可愛かった。デスラーは新しくできた古代との思い出を慈しんで指先でなぞった。子供のように無邪気に雨にはしゃぐ古代。そんな彼の純真さに心が清らかなもので充たされた。古代の目を通して世界を見ると、大気がとても綺麗に透き通って見えた。君は本当にいつまでも初々しい。新しい輝きが君の中にたくさん詰まっていて、いつも私はその輝きを分け与えてもらっている。君とともにいると世界は飽きないよ、古代。
デスラーがそんな甘い想いに耽って、熱っぽく吐息を吐いた。
そんな時。
「………え?あっ!ああっ!」
赤くなっていた古代が何かに気がついて驚きの声を上げた。ガラスに隔たれた道のほうに身体を傾けて空を覗き込むと、パアアアッ!と大きく笑顔を開花させた。デスラーも眼差しを外にやる。昨夜からの雨が止んで、日差しが都に差し込み始めていた。水溜まりが光を弾く。
「デスラー、早く!」
笑顔を輝かせた古代は結び合わされた指先を引いて、デスラーを席から立たせた。一体何が起こったのか検討もつかないデスラーは、古代がすぐに会計を済ませるのを眺める。二人は外へ飛び出した。
「ほら」
古代が空を指差した。
デスラーの瞳が開かれた。
虹がかかっていた。
雲間から差し込んだ光のプリズムが壮麗な七色の橋を大空にかけていた。橋の両端は街の屋根で途切れていて見えなかったが、描かれた曲線の緩やかさから、とても大きな虹だということは推定できた。街の人々も古代たちと同じように空を指差して、雨上がりの奇跡に魅了されていた。
古代とともにデスラーもまた、その美しさに見取れていた。世界は輝きに満ちている。心からそう思った。繋がれたままの指先が熱い。
「デスラーと一緒じゃなきゃ見れなかったな、こんな大きな虹。雨の日も一緒にいてくれて、ありがとう。デス――んっ」
周囲が虹に釘付けになっているのをいいことに、デスラーは古代の口唇に感謝のキスを贈った。
「それはこちらの言葉だ、愛しい人」
君が連れ出してくれる世界ならどこへでも行こう。
いつだってその輝きで私を満たしておくれ、古代。
二人の手許に咲く白い星屑たち。
無垢な花弁から、きらきらと雨粒が零れた。
fin.
2016-6-15 23:07