御医者様コンビでSS。
ナハトさんの素敵小説「ドナドナ」の続き、らしきもの。
素敵な小説なのに、続きがこんなのですみません…!
*attention*
・白昼夢設定お医者様コンビ(でもラブ要素は薄め)
・シリアス…?
・ジェイド、お前良くしゃべるねぇ。
・そしてなおかつ理屈っぽい。
・でも、相手を大切に思っているのは事実なのです。
・相変わらずの残念クオリティ&なぜこんなに長いの
・とにかく、ナハトさんすみませんでした…!
「Trust me」はそのまんま"僕を信じて"になります。
ただ、意味合いがだいぶ強くて「絶対にそうして見せるから信じて」というニュアンス。
……というどうでもいいお話をしたところで……
「大丈夫!」の方は追記からどうぞー!!
―― どちらか、と問われて。
ジェイドは、言葉を失う。
言葉を探しても、探しても、見つからない。
まっすぐにジェイドを見つめる深緑の瞳は何を思うのか。
―― 彼が、欲している答えは?
答えを、答えるべき言葉を、探す。
ジェイド自身、そのようなことを考えたことはなかった。
何より……安易に答えが出せるような問いでは、なかった。
メンゲレのオリジナルを、その所業を知っていて、
なおかつ今目の前にいる彼のことを愛していて。
そんな彼が容易に返答できるような質問では、なかった。
かといって、いつまでも迷い続けるだけ、というわけにはいかない。
答えを出さないのは、出せないのはきっと……
余計に、メンゲレを傷つけることをジェイドも理解していた。
―― 彼は、怯えつつも欲しているのだ。僕の答えを。
ジェイドは、静かに目を閉じた。
"どう答えればいいか"を考えるのは、やめた。
偽りの言葉で、メンゲレの心からの笑みを見ることが出来るなら、とっくにそうしている。
でも、上辺だけ繕った言葉で、自分の本心を偽ってまで告げた言葉で
メンゲレの"あの笑み"を消せるとは、到底思えなかった。
お互いのことを、よく知っているから。
嘘や誤魔化しが通用するほど浅い付き合いをしているわけじゃない。
だから、純粋に自分の思うことを伝えようと、そう思った。
これから屠られる運命にある、牛。
秋空を見上げることが唯一の自由なのだというそれが曳かれていく姿を見れば
きっと、悲しいと思うのだろう。
人間(ヒト)の一存でその運命を定められてしまうそれらの動物を
哀れだと思うのは、きっと普通のこと。
しかし、それを"哀れ"だからと、解き放つことが出来るのかと言われたら、
……きっと答えはNoだ。
命は平等だ、と言っても結局は食う側と食われる側がいるのだ。
絶対的な理論。"強者"がいれば、"弱者"もいる。
そして、それは選ぶことが出来ない。
暫し口を噤んだ後、ジェイドはメンゲレを見つめ返した。
そのまま、静かに言う。
「哀れ、と思います。どちらも」
「どちらも、とは?」
メンゲレは怪訝そうに訊ねる。
ジェイドは少し言葉に詰まり、悩むように視線を揺るがせた後、静かな声で、いった。
「無論、意志に関係なく連れていかれる獣もですが……
それを曳いていかねばならない人間も、不憫だと。僕は、そう思うのです」
ジェイドの言葉の意味がわからず、メンゲレは首をかしげる。
やや不安げな彼に穏やかな笑みを向け、ジェイドは言った。
「どちらも、“意志に関係なく”生まれついた運命、でしょう?
もしかしたら、立場は逆になっていたかもしれない。
人も獣も、生まれる場所や境遇を選ぶことはできない。
その条件は同じなのに連れていかれる牛は可哀想で、それを殺す人間は酷い、
そう一概に判断することは間違いなのではないか、と僕はそう思うのですよ」
“無論、無闇に命を奪うことを良しとするつもりはありませんが”と付け足してから、
ジェイドは言葉を切った。
彼自身、まだ明確な答えが出せていない。
考えながら言葉を紡ぐせいでどうしても途切れがちになる言葉。
しかし、その言葉の一つ一つに迷いがないのは、
間違いなく、ジェイドが本気でそう思っているからで。
「“運命”という言葉で簡単に片付けてしまうことも狡いような気もしますが……
それが全く外れ、と言うわけではないと思うのです」
ジェイドの言葉はメンゲレにとって予想通りだったのか、予想外だったのか。
すぐに顔を俯かせたジェイドには、見えていなかったけれど。
それが、率直な感想。
悩んでも、悩んでも……結局、明確な結論は出なかった。
冷たいのかもしれない。狡いのかもしれない。逃げかもしれない。
でも、やはりそういうほか、なかった。
俯いたまま思うのは、自分よりも……
否、自分たちよりも過酷な運命を"背負わされた"フラグメントたちのこと。
彼らのオリジナルと犯した罪を背負い、償っていくという生き方は、簡単なものではない。
現に、メンゲレが今このような質問をしている理由だって、ジェイドにもわかっていた。
彼のオリジナルの犯した罪を背負い、苦しみながら生きる彼の姿を、
ジェイドは何度も……いつも、見てきた。
その重圧に押しつぶされそうになっているのだって、見たことがないわけではない。
メンゲレだけではない。他の、フラグメントたちも。
彼らが望んでそう生まれてきたわけではないはず。
しかし、そう生まれた以上、その運命に従わなければならないのだ。
悲しくても、苦しくても。逃げることはできない。
残酷だと思う。不平等だとも、思う。
しかし、きっと"運命"なんて、そんなものだ。
それは、ジェイドもわかっていた。
―― そして、彼もまた、背負わざるを得ない、十字架がある。
ジェイドは少し躊躇ってから、その言葉を口にした。
「それに……僕も、人を死なせたことはありますから」
ジェイドの言葉に一瞬驚いた顔をするメンゲレだが、
すぐにその言葉が意味するところには気づいた。
彼がいっているのは、"救えなかった"人間のことだ。
ジェイドほどの医師ともなれば診てきた患者の数は少なくないだろう。
そして、救えなかった人間の数だって……
しかし、メンゲレはゆっくりと首を振った。
「それは、医療行為を行った末のことでしょう?救おうとして救えなかったことは……」
"その点において"僕"とは違うじゃないですか"と、
言いかけたメンゲレの口を指先でふさぐ。
驚きで見開かれる、メンゲレの深緑色の瞳。
ジェイドはふっと笑って、言った。
「同じです。結果を言えば、死なせたことに違いはない。
それまでの過程なんて、きっと関係ない。
牛を曳き、その運命を左右することになる人間も、
患者の運命を委ねられ、それを救うことが出来なかった僕も……
運命を左右する、運命を委ねられる。
言い方は違えども、他者の行く末を決めることになってしまったのは、同じこと……」
静かな声で、ジェイドは言う。
平静を装いつつつも、僅かに声が震えているのは、
そのことを、その事実を口にするのが辛いからか。
医療部隊の人間として、命を救う人間として、
"救えない"場合(ケース)があることを認めるのは、苦しいことだ。
事実……彼自身、何度もその局面に向き合っている。
時に、"何故救えなかったのか"と理不尽な怒りをぶつけられることさえある。
それはきっと、これからも一生彼らが、
医療部隊の人間が背負わなければならない、宿命。
「……ねぇ、メンゲレ」
ジェイドは、静かに彼の名を紡いだ。
中途半端な慰めが彼を癒すとも考えられないのだけれど、
彼が口にしている返答がメンゲレが望む答えであるかどうかも、わからない。
彼を捕える罪の鎖は、きっと一生外れることはない。
今の彼が自分のオリジナルがしたことをいくら悔いても。拭い去ろうとしても。
きっと、ふとした折に思い出してはこんな顔をするのだろう。
ジェイドは、そう感じていた。
―― でも、自分と一緒に居る時は。
悲しい言葉を、紡がせたくはなかった。
それ以上、悲しい顔を見たくはなかった。
ただ……笑っていて、欲しいのだ。
「背負うべき運命は、選べないでしょう。
獣も、獣として生まれたいと願ってそう生まれたわけではない。
人間がもっと楽な人生を生きたかったといったところで、何かが変わるわけではない。
正直……医療行為を行うのは、辛いですよ。
それで救えなかった時の悲しみには、虚しさには……
今も、きっとこれからも、僕らは苛まれる。
もしかしたら、普通の騎士として、或いは貴族として生まれていれば、
こんな苦しみは背負わずともすんだかもしれない。
でも、僕は"ジェイド・シレーネ"という人間であり、貴方は"ヨーゼフ・メンゲレ"という人間である。
それを覆すことはどう足掻いても不可能なのだということは、誰しも知っていること」
"話が逸れましたね"とジェイドは微笑んで、言う。
そのまま、言葉をつづけた。
「例えば、牛を曳いていた人間と曳かれていた牛の立場が入れ替わったとする。
その時に、弾いていた牛に変わってしまった人間に対して、
"貴方はこれから自分がしようとしていたことをされるのだから、自業自得だ"
……と言うことが出来るでしょうか?」
メンゲレは少し悩んでから小さく"わかりません"と呟くように言った。
わからない。
答えは探しても、見つかりそうになかった。
そして、ジェイドが言おうとしていることも、なんとなく曖昧で。
その真意を図ろうとするかのように、メンゲレはジェイドの翡翠の瞳を見つめた。
ジェイドは、そっとメンゲレの頭に手を乗せ、そのまま、メンゲレの頭を撫でる。
慈しむように。
そして、それと同時に……表情を見られないようにしているかのようでも、あった。
どちらかといえば口数が多い方ではないジェイドが何時もより酷く饒舌なのは
きっと……目の前にいる彼の笑顔を見たいと、心から思っているからなのだろう。
妙に理屈っぽい話し方になっているのは、きっと一種の照れ隠し。
「つまるところ、そういうものなのですよ。
哀れみの感情を向ける対象はいつでも弱者であり、憎しみの感情を向ける対象は強者。
しかし、いつも憐れまれる弱者は常に救われ、
いつも憎まれる強者は絶対に幸福になれないのだとしたら……
それはそれで、おかしな話だとは思いませんか?少なくとも僕は、そう思うのですよ」
"曳く側"に憎しみを向けることは間違いだと、ジェイドはそういうのだ。
誰が、どの立場で生まれてくるかなんて、わからない。
ただ偶然生まれてきた今の立場から見て善悪を判断するのは愚かなことだ、
とジェイドはそう思っていた。
―― けれど、世間一般に"悪"とされる人間からしてみれば。
ある一定方向から物事を判断され、嫌悪されて傷つかない人間は、いない。
事実、メンゲレは時折、さっきのような自嘲を含んだ表情を浮かべる。
ジェイドはその表情が好きではなかった。
そんな顔をしないでほしい。苦しまないでほしい。
無茶な願いとわかりつつも、そう思っていた。
彼のオリジナルがどうあれ、今共にいる彼は優しく、温かい人間なのだ。
それは、いつも一緒に居る彼自身が一番よく知っている。
彼の境遇も、運命も。
―― 全てをまとめて、"彼"という人間を、大切に思っているから。
結論は、そこにあったのだ。
難しいことを考える必要はないのかもしれない、
そう思いつつジェイドはメンゲレの頭から手を離す。
少し乱れた黒髪をそっと梳きながら、ジェイドはメンゲレに視線を合わせた。
「僕らは生まれつく運命を選ぶことは出来ずとも、生きていく運命を選択することはできる。
誰と、どういう風に生きていくか……それを選ぶことは、出来るはず。
生まれつく運命が決められない、というのなら、僕は……
僕が傍に居たいと望んだ、僕の傍に居たいと望んでくれた人間の運命(さだめ)を、
共に背負いたいと、そう思いますよ。
それで、少しでもその重圧を減らせるのであれば。……否、減らせないとしても」
―― こんな言い方で伝わるかどうかは、わかりませんが。
背負わなければならないものが重すぎるというのならば、共に背負いたいと、そう願うのだ。
支える人間がいるなら、きっとその道は少しでも違ってくる。
それが幻想だと嗤う人間もいるかもしれない。
所詮一時の慰めにしかならないと笑う者もいるかもしれない。
行きつく未来が変わるはずがないと嗤われるかもしれない。
でも、ジェイドは信じていたかった。
否、それ以上に……信じて、欲しかった。
彼の境遇上、不安になる気持ちは理解できるけれど。
「僕のことを、信じて」
まっすぐに、メンゲレを見つめて、ジェイドは言う。
貴方を手放したりはしないと、約束しますから。
不安そうな顔をしないで。
ただ、僕の傍で笑っていてほしいのだ……と。
ジェイドはそう言って微笑んで見せる。
「これでは、貴方の質問の答えになりませんかね?」
そういって、ほんの少し茶化してみながらも、その表情は至極真剣なものだった。
―― Trust me ――
(結論を言うのなら僕にとって貴方が大切な存在であることに違いはない)
(だから、確約しましょう。貴方がそう望んでくれるなら)
2012-10-30 19:39