◆まだ人間の扱いに慣れてない頃
>ナナとスヴェンの話。ナナお前人類の友であって良かったよホント
口があるのにお粥を食べられない?
「風邪」というものをまだよく知らないナナは、無表情のまま、それでも不思議そうに小首を傾げた。
口も開いている。息もしている。
人間は自分と同じように食事をして、自分よりも相当の種類の栄養を摂らないと生きていけないのに、どうして?
目の前で目を瞑って苦しげに呼吸を繰り返すスヴェンを数秒まじまじと観察し、ひとつ可能性が浮かんだ。
先程、返事をしようと口を開いた彼の口からは声は出ず、代わりに空気が詰まるような、ご、という濁った音が漏れていた。
病気というのは身体に様々な好くない変調を来たすと、それだけは教えてもらっていた。
喉が開いていないのか!
ひとつ結論が出た所で、ナナはスヴェンにお粥を“食べてもらう”のではなく、“食べさせよう”と思い立った。
この前、ラドミラがダミアンにしていたように。
しかし自分は、それよりもずっと効率的な食事のさせ方を知っている!
粥の皿を持っていない方の手をお椀状に変形させ、皿の中の粥を全て掬い取ってから、
蛙が餌を丸呑みにして口を閉じるように、腕だった場所へしまい込む。
一箇所に纏まっている粥を人間で言う腕から肩へと移動させながら、手全体の形を腕よりも細く、長く、絞っていく。
「スヴェンさん、口を開けてください」
その呼びかけにスヴェンは目を開ける事無く、数秒置いてから大人しく口を開いた。
食べさせてくれるのだろう、と待っている間にも彼の口からはいつもより熱を孕んだ息が吐き出される。
自分は極端に体温が変わらなければそれほど困る事もなく生きていけるのに、とまた新しい疑問を抱きながら、
ナナは出来立てのお粥が収めてある細長い筒状に変形させた片腕を、スヴェンの口へとゆっくり差し込んだ。
歯、舌、喉……、
「ぐぁゔッ!?」
触手が喉奥を突いた辺りで異常を察知したスヴェンが呻きに似た声を上げて目を開く。
自分の口へと伸びている鈍色の触手に再度声を上げ、咄嗟に触手を引き抜こうと両手を伸ばす。
が、ナナはそれをもう片方の腕で押さえた。
「暴れないでください、丁寧にやってますから」
「がっ、ぅゔッ」
混乱したスヴェンの不安げな視線を受け止めながら、触手の感触で喉の状態を確かめる。
食道への道を塞がんとばかりに喉が腫れている。
これじゃあ息をするのもやっとだろう。
この場所の腫れひとつでここまで体調が左右されてしまうものなのか。
人間の身体の不便さを多少気の毒に思いながら、ナナはその喉の腫れの隙間に触手の先端を差し入れた。
「ゴッ!!?」
炎症を起こした粘膜を擦られる痛みか、
それとも細々息を通していた穴を塞がれた所為か。
スヴェンの身体が小さく跳ね、硬直する。
その状態をナナは学習の為に記憶に留めておきながら、触手を奥へ奥へと進めて行った。
やがて狭い場所を抜け、どこか多少空間のある場所へと辿り着いた感触があった。
ここがきっと人間の胃なのだろう。
という事は、ここにお粥を送り込めば問題なく消化が始まる筈だ。
よし、お粥を送ろう。
人間で言う肩の部分に溜めていたお粥を何等分かに分けて、送り込むべく触手の内側を通して運んでいく。
お粥の移動を始めた辺りで何故かスヴェンが身を捩って暴れていたが、
大人しくしてくださいともう一度言う前に最初の分が胃へ届くと、それに気が付いたのか大人しくなったようだった。
均等なリズムで送り込んでいるお粥は、順調に胃へと届いているようだ。
ただどうしても掬う時に幾らか空気が入ってしまっていたようで、
時折シーツ越しのスヴェンの腹部から ごぷ、と空気も抜けていく音が聞こえる。
その度にスヴェンが不快そうに小さく呻いている。空気が入るのは都合が悪いらしい。
ゆっくりと、しかしテンポ良く着々とお粥を送り込み、やがて問題も無く全て送り終えた。
引き抜くのではなく奥から縮めていく形で伸ばした触手を口から抜き、元の腕の形へと戻す。
「けはっ、あ゙……は、ぁ…………」
腕の中に残った米粒を吸収しつつ、スヴェンの様子を見てみる。
多少気道を塞いで、呼吸を邪魔していた所為か先程より呼吸は荒く、体温が上がっているように見える。
熱の所為なのか薄く開いていた目から涙が零れていたので、
顔を覗き込んで布で拭き取ると、目を合わせたくないかのように顔を逸らされてしまった。
「では、僕はこれで」
任されていた食事を終える事ができたので、ナナは挨拶以外の言葉を掛けず、できるだけ静かに部屋を出た。
何故顔を拭いた時、目を逸らされてしまったのだろう?
やはり炎症を起こした部分を擦ってしまって、機嫌を損ねてしまったのだろうか。
もっとスムーズに食べさせる事ができるように、どんどん学習して改善していこう。
数十分後、ソフィアとムラサメが血相を変えてやって来た。
スヴェンに何をしたの、と珍しく声を荒げて訊いてくるソフィアさんにお粥を食べさせただけだ、と伝えて、
どのような方法で食べさせたのか、実際にやったように腕を変形させて見せながら説明すると、
まるで二人とも長引いた戦闘がやっと終わったかのように、その場にへたり込んでしまった。
どうやら自分がスヴェンに行ったお粥の食べさせ方は多少問題があったようだった。
自分と入れ替わりに新しい水と布、そして替えの服を届けに行った二人が部屋に入った時、
スヴェンがベッドの上で腹部を擦りながら身体を丸めて泣いていたらしい。
ぎょっとした二人が話を訊いてみた所、喉が腫れているのと泣いているのとで上手く話せないながらも、
ナナに何かを流し込まれた、熱い、何なのか判らない、怖い、と言っていたらしかった。
その後ソフィアに軽く注意をされた。
相手が返事をできない状態でも説明は必要な事。
そして出来立てのお粥はとても熱いので多少冷ましてから食べさせた方が良いという事。
人間は見えない物は説明をしないと理解してくれないのか。
多少面倒だとも思いながら、僕は頭の中のメモにその言葉も書き留めた。
>その後ラドミラが持ってる医学書などを読んで学習していることでしょう 殊勝な心掛けだね
◆すべだみすべ
>当時付けたタイトルが率直すぎる ていうかリバ予定だったの?(忘却)
「……ん…、…」
差し込んだ太陽の光だろう、ほんのりとした温かさを感じて朝だという事を知った。
寝返りを打って、肩に滑るシーツが気持ちいい。
いつものようにすぐ隣で寝息を立てている筈の大切な人を、もそもそと手を這わせて探した。
が、その手があの肌を感じる事は無く。
先に起きて髪でも整えているのかな。
そう思って薄らと目を開けた所で、異変に気づいてすぐ上体を起こした。
ここは自分の部屋じゃない!!
いや、部屋の構造自体は同じ、それこそ自分の家のように住んでいる宿の一室そのままなのだが。
所々に置いてある荷物や観葉植物の葉の伸び具合、カーテンの色などが見ればすぐ判るほどに違っていた。
出来るだけ確認しようと忙しなく辺りを見回していたら、不意にズキリと亀裂が入るような痛みが頭に走った。
「ぐっ……!」
脈打つ心臓の鼓動に合わせて重く大きな痛みが襲っては引きを繰り返す。
思わず頭を押さえ込んで項垂れる。大人しくした方が良さそうだ。
そしてそうやって項垂れた時に、新しい事実に気が付いてしまった。
服を着ていないぞ!?
それどころか下着も!!
通りでベッドの中がいつも以上に心地良かったはずだ。
どうして自分は自分の部屋じゃない部屋で、しかも全裸で誰かのベッドで朝を迎えているんだ!?
そもそも昨日自分は何をしていたんだ?!
動揺に動揺を重ねすぎてもう傍から見たらまるで動揺していないのではと思うような状態に陥りながら、
また新しい事実にひとつ、気が付いてしまった。
慣れてしまっていたこの疲れは。
最近味わう事の無かった、迷宮探索の疲れとは全く違うこの疲れと、気怠さと、腰の重みは。
男に抱かれた後の、その感覚。
「う、嘘、だろ……」
一体誰と?
思い出そうにも昨日の夜からの記憶が全く無い。
でも、もし、あの人だったら。
忘れようと頭の片隅に寄せ固めていた記憶達が、背後から首や頭を絡め取るような寒気を伴って、広がり襲い掛かってくる。
それを振り払おうと頭を振ると、今度は頭に鈍痛が走る。
頭を押さえて呻きながら手の隙間から見えた部屋の景色が、途端に妙に生々しくて、気持ちが悪くなってきた。
逃げなくては。
いくら頭や腰が痛かろうと、昔は這いずってでも逃げようとした事が多々あった。
服は……あった。ベッドの近くに畳まれていない状態でひとまとめにされている。
とりあえず最低限の服だけ着て、高さが大丈夫そうならば窓から飛び降りてでも逃げ出そう。
刹那、ドアの開く音。
「ひッ!?」
脳裏に焼き付き、勝手に描かれてしまっていた悪夢は、ものの見事に霧散した。
「どうしたんだよそんなにビビって……」
ドアを開いたのは、同じギルドメンバー、ダンサーのダミアンだった。
あの人ではなかった、という安心感から思わず脱力して。
そして数秒後、目を丸くして顔を上げる。
待てよ? という事は……。
「おまッ…っま、ぉま、え?!」
頭痛と驚きに苛まれながら絞り出した声は途切れ途切れに発するのがやっとで。
しかも所々上擦っていた所為で聞き取れなかったのか、ダミアンが返してきた言葉は「は?」という一文字だけだった。
「まっ、水でも飲めよ。あんだけうるさかったんだから喉もやられてんだろ」
しどろもどろながらも必死に言葉を紡ごうとしている自分を流したい半分でいたわるように、水が差し出される。
とりあえず自分も冷静になるべきだと、言われるがままに水を喉に流し込むと随分体に染み込んでいくように感じた。
そうして少し冷静になって、思い出すようにやってきた頭痛にまた項垂れる。
「やっぱ飲み過ぎたのか。とりあえず大人しくしてろ、なんか食いモン持ってきてやるから」
視界の端でダミアンが背を向けるのが判る。
待ってくれと強く声を掛けて、その拍子にまた頭に鈍い痛みが走って。
痛みに軽く唸るその間にも黙って待っていてくれていたダミアンに、潤って幾分楽になった喉で、第一に訊きたかったのは、彼女の安否。
「そ、ソフィア、は?」
その問い掛けにダミアンはさぞ不思議そうに顔を傾げて。
「昨日ムラサメから聞いただろ、酔い潰れて寝落ちしたからお前達の部屋に送ったって。さっき下で元気にメシ食ってたよ」
「そう…そう、か。良かった」
安堵の溜息を吐いた俺を背にダミアンは部屋を出ていく……、
かと思いきや、妙に不満げな表情で振り向いて。
「……お前、もしかして全部覚えてない?」
予想外の問い掛けに、一瞬ぽかんとしてしまった。
が、すぐに何を問われてるのか意味を理解して、どう言い表せば良いのか迷いに迷って。
「覚えてない……けど、ダミアンと何があったかは…その…、なんとなく、わかる」
どうにもこうにも恥ずかしくなって、目を逸らしながら、呟いた。
数秒後に自分の物ではない大きな溜め息が聞こえて、自分でも解る程に気まずくなったこの空気を取り繕うように、言葉を続ける。
「俺が襲ったとか…そういうのだったなら、その、謝る………、ごめ、ごめん……」
またもうひとつ、大きな溜め息が聞こえてきて。
この空気と、申し訳なさと、恥ずかしさがない交ぜになって顔が熱くなる。
「ちげーよ、寧ろ襲ったのは俺だし。酔ってたのと溜まってたのと、あとついでに疲れマラ、って感じで」
背を向けてのその発言に、頭で処理をするのに1テンポ遅れている所為でまたぽかんとして。
自分が呆気にとられている間に、ダミアンは悪かったなとだけ言葉を付け足して、
ひらひらと気怠そうに手を振りながら、部屋を出て行ってしまった。
ダミアンが部屋を出てから数十秒経って、ようやっと理解した自分の頭は、
“相手がダミアンで良かった”だなんて結論を出して。
そうじゃない、と考えを一度元に戻そうと思わず頭を振った途端に、また忘れてしまっていた頭痛が襲い掛かって来て。
痛みに小さく呻いた後、考えるのを諦めるように大人しく横になる事にした。
>酔っ払ったスヴェンが「ソフィアに好かれるにはどうしたらいいか」と遊び慣れてるダミアンに切実に訊いて互いを練習台にする流れにしたかったという事は覚えています。書けたかと訊かれればご覧の通りよ!(書けなかった)