周りの輩が騒ぎ出した。
わらわが意識を鶺帝に戻すと、鶺帝がだいぶ押されている。
しかし、もう少しというところで鶺帝が持ち直し、相手から一本を取る。
全く、あやつは何をしているのか。
「簡単には一本取らせてくれないようですな」
「当たり前だ」
最後の一戦。
これも鶺帝がギリギリのところで勝利を収めた。
「まだ鶺帝はわらわの従者でいるようだ。残念だったな、翁よ」
わらわは微笑み、隣の男は唇を固く結んだ。
一族の落胆が満ちる中、会合は終わり、牛者で屋敷への帰路につく。
わらわの隣には鶺帝が座り、心地好い揺れが眠気を誘う。
「鶺帝」
「はい」
「あの手合わせはなんだ?」
わらわは鶺帝のほうを向いた。
鶺帝はいつもと変わらぬ冷静な表情のまま。
「何故手を抜いていた? お主ならもっと簡単にあしらえた相手ばかりであろう? わらわの従者を辞める気であったのか?」
鶺帝の服の袖をめくり、幾つも出来た痣を見る。
全く……痛々しい。
「わらわの意思なくして離れることは許さぬと何度言えば……」
「負ける気も辞める気もありません」
鶺帝は静かに唇を開く。
「この命尽きるまで、私は鳳瑞様をお守りし、鳳瑞様に尽くします」
「では何故手を抜いた」
「自分を追い込み、精神を鍛えようと思いまして。私はまだまだ未熟ですから。それに鳳瑞様、相手の方も簡単にあしらえるほど弱くはございません」
全く、こやつは謙遜しおって。
今ではわらわよりも強くなっているというのに……生真面目な奴よ。
あんな手合わせに出た従者共なぞ、わらわは一撃で倒せるだろう。
なのに鶺帝は……。
「次は手を抜くな。闘いをする上での礼儀だ。力を尽くすということはな」
「畏まりました、鳳瑞様」
鶺帝は深く頭を下げる。
こんな関係はいつまで続くのか。
わらわが家元である限り、鶺帝とは……。
鶺帝は鶺帝で常に一族の目を気にし、その体面を気にし、自分の存在を卑下しなければならない。
そんな状況にしたのはわらわ自身。
あの時、助けなければ良かったのかと、何度考えたことか。
「鶺帝」
「はい」
「わらわは疲れた。わらわは寝る。だからずっとそのままの姿勢でいるのだ」
「畏まりました」
鶺帝の肩に頭を乗せ、もたれ掛かる。
鶺帝は言われた通りに、じっと、静かにしている。
牛車の揺れに合わせて、鶺帝の銀髪も揺れる。
だが、鶺帝がいることがわらわの恥になろうと、宗家の恥になろうと、わらわは知ったことではない。
わらわはあの日、鶺帝に惚れてしまったのだから……。
種族の違い故、永久の契りは交わせなくても、名を奪ってまで、せめて鶺帝を側に置きたかった。
いつか反逆されようとも、わらわは鶺帝にならば……。
いや、こんな事は考えないにつきる。
今この時だけでも、鶺帝が側にいるという少しの幸せをわらわは感じていたいのだ……。
▽恋々と募る恋情
≪わらわの我儘を許しておくれ。恋なぞこれっきりで構わないから≫