「変わったの専門」の依頼を受けた帝都の守護者は、深川の異界でその原因を仕留めた帰り、偶然大國湯の前で立ち話をしている自分の上司とこの地区を仕切る関東羽黒組の若頭が見えた。
「珍しい。探偵社からお出掛けになるとは」
『分からんぞ。只遊び呆けていただけかも知れん』
器用に肩に乗る目付け役の黒猫が雷堂にしか聞こえない声で吐き捨てた。猫らしからぬフン、と鼻をならす黒猫を窘めようにも否定出来ないことに雷堂は疵の有るその顔に苦笑を浮かべた。
仕事をしているか否かは本人に聞けば良い(本人が素直に答えるかも謎だが)。どの道探偵社に帰るには駅を使用しないと帰れないのだ。雷堂は気後れせず談笑している大人へと近付いた。
「こんにちは、佐竹さん」
「おぅ。葛葉ぁ」
「あれ?雷堂、どうし…」
其処まで云って鳴海は口をつぐんだ。鳴海にしては今のは完全に失態だと雷堂は思ったと同時に、相変わらずな所長を目を細めて軽く睨みつける。
『ほれ見たことか』
十五も下の少年に見咎められてしゅんとする三十路男を呆れた様に一瞥し、大仰に溜息を吐く黒猫が『今夜は焼き鯖で頼むぞ』と、そう雷堂ににゃあと鳴いて肩で丸くなった。
「所長は何故此処に?」
「あー、うん、今まで佐竹と遊びの算段してましたー…」
もう隠す気は無いらしい。鳴海は困ったように笑って癖毛をくしゃりと弄る。
「そう云う時ばかり外出するのだな貴方は。で、今日はもう帰るのか?」
話が終わるまで待つが、と肩に乗る目付け役を起こさないように腕を組む雷堂に鳴海は眼鏡の奥の瞳を二、三度ぱちくりと瞬かせた。
「え!?い、いいよ疲れてんだろ雷堂?」
「別に問題無いが」
「ほら、もう夕飯の時間だし、」
「所長も食うのであれば一緒の方が都合良いが」
「でも待たせるの悪いよぉ」
「気にするな所長」
「俺が気にするの!どうしたの雷堂?」
どうしたの?と聞かれ、雷堂は珍しくもその形相を崩した。学帽の下で切れ長の目をぱちくりとさせて、いつもは無表情の(しかも顔に疵が有る所為で随分と強面に見える)顔は年頃の少年そのもので、佐竹はおや、と少し驚いた。
そう云えば、この少年はこんなに喋る奴だったか、と考えて、否と直ぐに否定した。
この大國湯で情報の交換等を主として交流して来たが、佐竹に対し此処まで口数を紡ぐ事も、表情を崩す事も無い。
けれどもこの少年は、
「どうしたって…好きな奴と一緒に帰りたいのに理由なぞ有るか?」
ほんとうに、本当に真底純粋に鳴海を見る雷堂に、鳴海は今度こそ絶句した。
本心なのだろうが此処は往来。夕方の夕飯時で良い子はお家へ帰っている時間でも、一応此処は駅へ続く道で有るから少なからず人は通る。先程から黙って二人の遣り取りを見ていたがそれでも何人かが我々の方へと目を向けていた。佐竹を含め長身の男三人は目を引くのだろう。勿論この告白を聞いた者も何人か居る。
当事者の鳴海は口を開けては閉じ、繰り返して。漸く何と答えたか理解したのか頬がどんどん紅く染まっていくのが見て取れて、佐竹はまたもや驚いた。
珍しい、と云うより初めての事に驚きは何故か笑へと変わり、佐竹は堪えきれずに噴き出した。
「さ…、佐竹?」
「ああ、悪い悪い。鳴海、もう帰ってええで」
「ぇ、でもー…」
「ええよ、俺が話つけといたるわ」
漸く笑いが治まり溜まった涙を太い指で拭う(いいもん見れたし、と内心付け加えて)。
未だ頬の紅みが引かない鳴海は納得出来ないように少し渋ったが、「じゃあ、頼む」と一言伝えた。その言葉に片手で了承の意を示すと鳴海は雷堂の背を押して佐竹に背を向ける。
「話、とは?」
「道端で公開告白する子には簡単に教えてあげませーん」
「はぁ?…あぁ、夕飯は業斗が焼きサバだそうだ」
「え?もしかしなくても俺持ち?…あぁもー分かったからそんな睨まないでよー!!」
駅へと続く道を笑いながら仲良く隣歩く二人(と一匹)を見送りながら、佐竹は笑みを作った。
「人間、変わるもんやなァ…」
鳴海も雷堂も自分は気付いてない様だが、お互いがお互いを見る目が柔らかくなっているのだ。
本当に心から信頼し得る場所なのだろう、今の探偵社は。
真の笑い方を知らぬ探偵が笑い、孤独を背負う書生が甘えを知った。
更にどんな事になるか今後とも楽しみだとくつりと笑い、佐竹は手下に鳴海がやり損ねた「有るモノ」を手配する様に命じたのだった。
終
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佐竹は鳴海と雷堂のお兄ちゃんです。
鳴海さんは毎回佐竹さんに「ウチの雷堂は〜」って連呼してたら良いです。それを苦笑気味に聞いてる佐竹さん希望なのですが…心広すぎますかね…?
お題お借りしました!
確かに恋だった様、元題「好きな人と一緒に帰りたいのに理由なんてあるか」