周囲の風景に、あの日の記憶が混ざっていく。
間違いなかった。
その部屋だった。
わかりきっていた。わかりきっていたはずだった。
クロシマと女が入っていった、その部屋。あのとき、西浜が住んだ部屋。
なにが、間違いなかったのか。
もちろん、そこがあの日のアパートではなく、入っていった二人が西浜と菜々花でないこともわかっている。
だけど、どうしてだか、その部屋があの部屋であるように思えてしかなたなかった。
混乱している。どこになにがあって、なにがどこにあるのか。そういったもろもろの秩序みたいなものが、全部適当であるように思えてくる。混乱。いや、混沌。なにもかもが、好きな場所に配置できるかのような、崩壊。
そんななか、ふいに見慣れたものが目の前に現れる。そんなものを見慣れてしまっている、自分が少しおかしい。いつもの友人に出会ったかのような気持ちになる。
――黒島。
ひよかは心のなかで呟いた。
びっくりしたような、きょとんとしたような顔で黒島が振り向く。それも、いつものことで、ひよかを安心させた。
黒島は、いつものように、お風呂場から這い出して――お風呂場? お風呂場なんてあるはずがない。角度的に、ひよかの視点の角度的にはいつもお風呂場があるような場所から、黒島はゆっくりやってきた。
しかしそこは空中。黒島は空中を這ってきて、ぴたりと女とクロシマが入った部屋にくっついた。いつものように耳をすます。なにかを聞いている。
なにかを。いつものように。
ちがう。いつもとちがう。
なにも聴こえずに諦めたかのように去る、いつもの黒島ではない。黒島は息を荒くし、目を見開き、なかの音を聴いている。
その鬼気迫る姿に、思わず催したのは吐き気だった。眼球に痛みを伴うくらいの。
「どうしたの」
結果、ひよかは、初めて口に出して問いかけていた。